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障害者も健常者も、将来は一緒に出場できる可能性を持ったスポーツ大会、それがパラリンピックだ
◆リハビリの成果をみせる場から、真剣勝負の場へ
今年は、アテネ・オリンピック、アテネ・パラリンピックがあるよね。今では、オリンピックのあとにパラリンピックが開催されるってことも、すっかり知られるようになった。でも、以前は、そうでもなかった。では、パラリンピックが、今のような大会になっていった歴史を振り返ってみよう。
パラリンピックのはじまりは、1948年のロンドン・オリンピック開会式の日に行われた、アーチェリー(洋弓)大会にあるんだ。リハビリテーション(病気やケガによる身体障害からの回復)にスポーツを取り入れていたロンドンのストーク・マンデビル病院の医師、ルードウィッヒ・グットマン卿が、この病院の競技場で開催したんだ。グットマンさんは、「将来、障害がある選手たちにとって、この大会が、オリンピックと同じ価値を持つ大会になるように」と、願っていたそうだ。
この大会は、毎年開催され、大会ごとに参加選手や競技種目が増えていった。そうして1960年には、「オリンピックの年はオリンピック開催国でオリンピック終了後に実施される」ことになった。この年は、ローマ・オリンピックの年だったから、オリンピックの施設を利用して、ローマで開催された。今では、この大会を、第1回パラリンピックとよぶことになっている。「パラプレジアオリンピック」(身体の麻痺とたたかっているひとたちのオリンピック)を省略して、「パラリンピック」という呼び方が広まったのは、その4年後の東京大会らしいんだ。「プレステ」や「マクド」なんて、言葉を省略してよぶことの得意な日本人らしい発想だよね。
1976年トロント大会以降は、他の障害のある選手の参加が認められるようになり、さらに、障害の違いをこえて競う競技も実施されるようになった。そうすると、次第にパラリンピックの場は、リハビリテーションの延長ではなく、障害があるひとたちが身体を鍛えて技や力を競い合うスポーツ大会として発展するようになった。
そうなると、オリンピックの側も軽視できなくなったんだろう。1985年、国際オリンピック委員会(IOC)が同意して、正式に "パラリンピック"という名称が使われることになった。それは、パラリンピック=パラレル(もう一つの)オリンピックという意味になったんだ。
その後、IOCは、積極的にパラリンピックとの協力を進め、2000年のシドニー大会からは、それまで別々だったオリンピックとパラリンピックの大会組織委員会が、初めて同じ組織になった。さらに、「オリンピック開催国は、オリンピック終了後、引き続いてパラリンピックを開催しなければならない」という決まりもできた。それ以降も、オリンピックとパラリンピックは、協力関係を深めていっている。
こうして、パラリンピックは、グッドマンさんの願いどおり、まさに「もう一つのオリンピック」となっているんだ。
◆世界記録も夢じゃない
今回のアテネ・パラリンピックでは、陸上競技や水泳、馬術や柔道など、全部で19競技が行われることになっている。これらの競技のなかには、障害者のために特別に考案されたスポーツもある。けど、大半は、原則として健常者が行っているスポーツのルールを、一部変更して行っているだけなんだ。ここで、考えてみてほしい。障害があってもプレーできるルールに変更されているということは、そのルールを使えば、障害者でも健常者でも、誰もがその競技をできるってことになるよね。つまり、障害者スポーツの大きな特徴は、誰もが平等に楽しめるところにあるんだ。
例えば、車椅子バスケットボールは、健常者でも車椅子を使って楽しむことができる。それに、身長の違いが健常者のバスケットボールほどの決定的な差にならない。シッティング・バレーボール(座っておこなうバレーボール)も、体育館の床にすわるだけで健常者にもプレーできる。実際、健常者も混ざって試合をすることもあるんだ。
もちろん今は、選手として健常者のパラリンピックへの参加は、認められていない。でも、2006年のトリノ冬季パラリンピックでは、車椅子使用者と健常者が一緒に踊る車椅子ダンスが、正式種目になる方向だし、将来は、多くの競技で健常者も参加できる大会になるかもしれない。
さらに、パラリンピックで、オリンピックをこえる世界記録が生まれる可能性だってある。実際、前回のシドニー大会では、陸上男子100mで、知的障害のクラスで10秒台の記録が出ているし、足に障害のある人のクラスでは、義足の選手が11秒09の世界記録を出しているんだ。パラリンピックではないけれど、臓器移植を受けた人の世界大会では、心臓移植した人も100mを11秒で走っている。だから、障害がある選手が、健常者の出した世界記録を破ることは、けっして夢ではないんだ。
障害者と健常者が一緒に参加したり、健常者の出した世界記録を破るようになると、オリンピックにも影響する問題が出てくる。それは、ドーピング(筋肉増強剤などの禁止された薬をのむこと)の問題なんだ。オリンピックでドーピングが厳しく禁止されているのは知っているよね。それは、パラリンピックでも、基本的には同じなんだ。だけど、障害のある選手の場合、健康を維持するために、ドーピングで禁止された薬を使うことは、認められている。
では、この人たちが、世界記録を達成したらどうなるのか。パワーが出る薬だからといって禁止にはできないよね。このとき、ドーピング問題をどのように考えるかということが、改めて問い直されるはずだ。
◆バリアフリー社会の実現に向かって
スポーツとして、大きな可能性を持った障害者スポーツは、いま、どんな環境にあるんだろう。ヨーロッパのスポーツクラブでは、クラブでできるスポーツのなかに、障害者の競技がふくまれているし、障害者、健常者の区別なく楽しんでいるものもたくさんある。車椅子バスケットボールは、人気があって、アメリカでは、すでにプロリーグもできているんだ。そこでは、日本人の車椅子バスケットボールの選手もプロとしてプレーしたことがあるんだよ。それに、シッティングバレーボールの盛んなイランでは、試合会場の体育館が満員になるほど盛りあがっているよ。
これらの国々にとっては、障害者スポーツは特別な存在じゃないんだ。それぞれが、ただ、スポーツの1種目として、みんな楽しんでいる。
一方で、40年も前から、パラリンピックとかかわってきた日本だけれど、残念ながら、今でもリハビリの延長と考えている人が少なくないし、障害者スポーツを見たことがない人も多い。それは、政府のスポーツを担当する役所の違いにもあらわれているんだ。日本でスポーツを担当しているのは、文部科学省。それに対して、障害者スポーツは、医療などを扱う厚生労働省が担当している。だから文部科学省が建てる体育館は健常者だけのもので、厚生労働省が支援して作る障害者専用のスポーツセンターでしか、障害者スポーツをやりにくい、という状況もある。これだと、みんなが、自然に障害者スポーツを楽しむチャンスが少ないし、パラリンピックを目指す選手たちにとっても、トレーニング環境は十分じゃない。
障害者専用のスポーツセンターを作ることよりも、同じスポーツなんだから、すでにあるスポーツ施設を、障害者スポーツでも利用できるようにすることのほうが、もっと安く、もっと簡単に、もっとたくさんできるはずなんだ。そうすれば、バリアフリー社会(健常者と障害者の垣根のない社会)をつくることにもつながる。駅や学校にエレベータをつけたり、公共の建物の階段の横にスロープをつくる、といったことだけじゃなく、障害者と健常者がみんなが一緒に、スポーツを楽しめる環境を作ることだって、バリアフリーだ。
少しでも早く、そんな社会をつくることができるよう、みんなで努力しよう!
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