「僕の所属する少年野球チームでは、最近女子の選手が増え、レギュラーになったりしています。男女が混じって活躍するというのは、ちょっとヘンだと思うのですが……」
質問者:「いただきマ〜君/11歳」
女性が男性と同じようにスポーツするのは、当然のこと。「女性は男性よりもスポーツをやらない」という考えは、現在のスポーツが生まれたころ(産業革命のあと)に、男性が勝手につくりあげたイメージなんだ。

◆ かつては男性も女性も同じようにスポーツを行っていた

 君のやっている野球は、「少年野球」と呼ばれている。では、反対に「少女野球」というものはあるだろうか? 
残念ながら、聞いたことがない。そんな単純なことからもわかるように、少女が野球をする環境が、なかなか見あたらないというのが現実なんだ。少女がプレイする場所がないから、少年野球のチームに入るしかない。そうなると、小学生のころまでは、女子の方が男子よりも身体の発達が早く、身体も大きくなることが少なくないので、レギュラーを勝ち取っていく。そういう状態が、きみの「少年野球チーム」でも続いているということだ。
私たちのなかには、「スポーツで汗をかくのは男の子」という考えをもっている人が少なくない。それは、「少年野球」という言葉の例が示すとおり、少女にスポーツを楽しむ場が少なかったからともいえる。では、なぜ、そんなふうに、少女はスポーツをやらないものだ、という考えが広まったんだろう? 
人間の歴史を振り返ってみると、そんな考えは何の根拠もない、ただのイメージに過ぎない、ということがわかってくるんだよ。
女性が男性と大きく違うのは、子どもを産むという点だね。10ヶ月もの間、お腹の中で赤ちゃんを育て、苦しみの中で出産するのは、想像できないほど大変な行為だ。そんな大きな仕事を控えているので、世界中で「女性は体を痛めてはいけない」「体を使って激しい運動をしてはいけない」という考えが、古くからあったんだ。
また、男性の身体は、平均的に見て女性よりも大きく、強くなる傾向がある。そんなところから、身体を使って競うのは男性がするもの、と考えられた。さらに、古代のスポーツ(身体競技)は、宗教と結びつく行事で、宗教は政治とも結びついていた。宗教や政治で世の中を支配することも、主として男性の仕事と考えられたので、古代ギリシャのオリンポスの祭典では、男性のみ出場が認められていたんだ。
けれど、女性がまったく身体競技を行わなかったかというと、実はそうではない。
古代ギリシャのスパルタでは女性も槍投げ、円盤投げなどが行われ、中世ヨーロッパでは女性だけの競走が盛んだったと言われている。ボルネオでは男女対抗の綱引きが行われ、スーダンでは、男女対抗の格闘技があった。ロシアでは、日本の相撲によく似た競技が女性の間で競われていたんだ。
また、女性の身体能力の高さや強さにまつわる話も、たくさん残っているよ。例えば北欧神話の世界では、ものすごい怪力をもつブリュンヒルデという女性の話があるし、日本では、平家物語に登場する「男勝り」の武術を身につけた巴御前が有名だよね。
「女性は身体的に弱い」という考えがあるにも関わらず、女性の身体的な活動や活躍が称賛された時代というのは、男性も女性も共働きをしていたことが挙げられる。
農業や牧畜が中心だった頃は、男性・女性に関わらず、みんなが同じような仕事についた。つまり、男女の区別なく田んぼや畑を耕し、牛や馬の世話をしていたから、同じように、身体的な活動(スポーツ)も男女の区別なく行れていた、ということだ。


◆産業革命以降定着した「女子は家を守り男子は外で働く」というイメージ
 ところが、イギリスで産業革命が起こると、状況はがらりと変わった。
あらゆる物が機械化され人手を借りなくても機械がやってくれる。男女ともに身体を使って働かなくてもいいという身分の人たち(ブルジョワジー)が大勢生まれた。すると、「夫婦共働き」をしない人々が多くなり、「男性が働き(会社や工場を経営し)、女性は家庭を守る」という世界ができてきた。そういう生活から、「男性は外、女性は内」「女性は身体的にか弱いので、男性が守らなければならない」という男性と女性を分けるイメージが生まれたんだ。
同様に、そのころから今日のようなルールを整え始めたスポーツ(身体競技)でも、「女性はスポーツなどの激しい運動には向かず、そういう激しい運動(スポーツ)をするのは男性だけ」という考えが定着したんだ。
そんな考えから、アテネで行われた1896年の第1回近代オリンピックは、男性のみ参加となったんだ。そして、女性は、競技に勝った男性を讃えて、オリーブの冠を捧げるという「男性の勝利を見守る」役割になってしまったんだ(近代オリンピックをつくったクーベルタン男爵も、そんな考えの持ち主だった)。
また、西洋の影響を受け、「女性はスポーツに向かない」という考えを抱くようになった国がある。それが、私たちの日本。そこから、私たちのなかにも、「女性は身体的にスポーツに向かない」という考えが広がり、「少年野球」はあっても「少女野球」はない、というような状態になったんだ。

◆女性の社会進出とともに女性のスポーツも盛んに
 男性・女性関係なく働いてきた時代から、男性のみが働く時代へ。そして再び、女性の社会進出の時代がやってくると、徐々に女性のスポーツも盛んになってきた。
第2回パリで開かれたオリンピックではゴルフとテニスに女性が参加。1912年の第5回ストックホルム大会からは水泳、1928年の第9回アムステルダム大会からは、陸上競技にも女性の参加が認められるようになる。
けれど、一度定着した「女性は弱い」という考えをなかなか、変えられなかったのも事実。そこには、女性がスポーツに参加するために闘った女性たちの姿があったんだよ。
例えば、女子プロテニスのいしずえを築いたキング夫人。
彼女は、男子選手にしか出なかった賞金を、女子選手にも払うよう要求したり、1973年には、「女性はスポーツなどやるな!」といっていた元全米(男性)チャンピオンのボビー・リッグズと試合をして勝つなど、女子テニスの地位の向上と人気向上に貢献した。
また、以前は「女性には完走できない」という理由から、女性はマラソンのレースに参加することが認められていなかったんだ。が、1972年ボストンマラソンで、「女性も完走できる」ということをアピールするため、一人の女性がスタート地点の木の陰にこっそり隠れてスタートし、最後まで走りぬいた。女子マラソンの歴史は、そこから始まったんだよ。

◆どちらが「強いか」ではなく、女性も男性も平等にスポーツできる環境を
現在のオリンピックでは、もともと男性中心のスポーツだったサッカー、ボート、レスリング、柔道、棒高跳び等の競技でも女性の種目が認められるようになり、あらゆる競技で「男女同一」が当然のことになっている。将来は、逆に男性の新体操やシンクロナイズド・スイミングも登場するかもしれない。
しかし、日本のスポーツを考えると、まだ産業革命に生まれたイギリスの思想をひきずっているね。最近では、「東京六大学野球にはじめて女性選手がマウンドに立った」などのニュースが流れているよね。
それは、女性のスポーツが組織化されていない、まだまだ発展途上だということを表しているんだ。同じ競技でも、男性は男性のチーム、女性は女性のチームでプレイができることが理想じゃないかな?どちらが、強くて、速いかは問題ではなく、男性と女性の違いは明らかにある。身体のしくみも違うし、子どもを産む、産まないの大きな違いがある。身体機能のうえでは、女性は持久力に優れていて、男性は瞬発力に優れていると考えられている。
男女が一緒に野球(スポーツ)をやる、というのではなく、そういった違いを認め合い、男女ともに平等にスポーツできる環境を作ることのほうが、大事ではないかな?
少年野球があるなら、少女野球があるべきだし、少年サッカーが盛んなら、少女サッカーも盛んにならなければ、おかしい。
女性・男性がともにスポーツできる社会をめざす。そういう考えが、日本のスポーツをさらに豊かにしていくはずだ。
 
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