「世界記録」は、毎回のように破られていますが、どうして簡単に破られるのでしょう? 人間はそんなに早く進歩しているのですか?
質問者:「なぎさちゃん 14歳」

人間よりも技術の進歩―スポーツ用具とトレーニングの研究が世界記録に大きく関係しているんだ。

◆スポーツ用具・スポーツ環境の開発が記録を生む

 水泳や陸上などの国際大会をテレビで見ていると、隅っこに必ずといっていいほど世界記録が表示されているよね。解説する人は、その記録が塗りかえられるかどうかを予想し、誰もが「世界最速の選手の誕生」といった活躍を待ち望むよね。
 確かに、記録を破るのはすごいことだ。みんなだって自分の持っている記録を抜いたときはうれしいはずだし、世界新記録となると想像以上に素晴らしいことに思える。
 けれど、それが純粋に人間の「身体能力」の進歩を示しているかというと、実は、そうとも言えないんだ。世界記録の誕生は、むしろスポーツ用具の進歩やトレーニング技術の発達にあると言えるんだよ。
 例えば1964年に開かれた東京オリンピック。100メートル走でボブ・ヘイズが10秒0という当時の世界タイ記録を出したんだけれど、そのときの時計はスタートの瞬間やゴールの瞬間を目で見た審判が、手で時計のスイッチを押して計測するストップウォッチを使っていたから、現在のような細かい数字を出すことはできなかったんだ。
 今では計測器の発達によって、電気的に自動的に時間を計ることができるようになり、9秒89とか10秒11とか、100分の1秒まで記録することができるようになったね。ボブ・ヘイズの東京オリンピックでの記録を、現在に置き換えて考えてみるなら、「10秒0」という数字は9秒95から10秒44までの間にあった、と考えられる。だから、ボブ・へイズが実際に何秒で走ったかなんて、実は正確にはわからない。それでも、当時は「10秒0」を「世界記録」といって大騒ぎしてたんだ。
 トラックだって全く違ったんだよ。東京オリンピックでは「アンツーカー」と呼ばれる赤土のトラックが誕生した直後だったけど、基本的には土を固めてできているものだった。だから、足をとられないようにしてスパイクで土を掘り起こすようにとらえ、後ろへ足を蹴る強い力が必要だった。
 現在はどうだろう? 同じ「全天候型トラック(アンツーカー)」という呼び名でも、トラックは特殊な反発力の強い合成ゴムでできている。そうなると、ランナーは強く土をとらえたり、蹴ったりするよりも、軽く飛び跳ねるように走る技術が必要になってくる。走り方が、トラックによって、まったく違ってくるんだ。
 走り方のフォームも違うし、スパイクの針の数だって違う。東京オリンピックから38年。人間の能力よりも「どうすれば速く走れるのか」を、多くの人々が研究した結果 が「世界記録」を生み出し続けた、と言えるよね。
 

◆トレーニング技術が発達したマラソン
 また、トレーニング技術の向上で記録が大きく伸びたものとしてマラソンをあげることができる。
 マラソンは、一度走ると体力の回復にすごく時間がかかるよね。回復しないうちに走ると体を壊すことになりかねない。そのため、練習は一日30キロ走れば次の日は休みというように、かつては効率の悪い練習しかできなかったんだ。
 けれど、東京オリンピック以降から食事の取り方・休憩の取り方などが研究された。体力がいち早く回復されるようになり、毎日の練習にも耐えることができるようになったんだ。
 それに伴って記録も爆発的に伸びていった。女子マラソンでは、70年代以降3時間の壁から2時間30分の壁へ、2時間20分の壁へとどんどん記録は更新されていくことになったんだ。
 男子も、東京オリンピックでは2時間15分前後だった世界最高記録が(マラソンだけは、コースによって記録が大きく違うため、「世界記録」といわずに、「世界最高記録」という言い方をしている)、2時間10分の壁を多くの選手が切るようになった。
 最近では栄養ドリンクの開発もなされ、レース中も栄養ドリンクで体力の回復が可能になった。今後も記録が伸びて当たり前なのかもしれないね。


◆競技の面 白さは記録よりも選手たちの闘いかたにある
 そう考えると、記録というのはその数字自体にそれほど重要な価値があるものではないことがわかってくるよね。
 9秒79の世界新記録を出したモーリス・グリーンと、10秒0のかつての世界記録を出したボブ・ヘイズが、もしも同じスパイク、同じフォーム、同じトラックという同じ環境で競走したなら、・・・東京オリンピックの環境ではボブ・ヘイズが勝つだろうし、現在の環境ではグリーンが勝つ、という見方もできるように思う。
 また、わざと記録が伸びないようにしている競技だってあるんだよ。スキーのジャンプ。飛びすぎないために、スキーの板を短くしたり、助走を短く調整したりしている。槍投げも、飛びすぎると危ないから飛ばないような槍に何度か変更している。
 つまり、競技の本質的な面白さというのは記録にあるのではなく、同じルールの中で人々が競いあうことにある、と言えるのではないだろうか? 昔の記録と今の記録を比べたって仕方がないけれど、競うことに対する魅力は、今も昔も変わらない。栄光と挫折、苦しみと喜び。それを繰り返しながら、“より高く、より速く、より遠く”をめざす選手たちが、記録よりももっと大切な感動を与えてくれる。
 もうすぐ冬季オリンピックが始まるね。
 テレビでは「世界記録」を大騒ぎするかもしれない。けれど、少しテレビの見方を変えてみよう。
 選手たちがさまざまなプレッシャーのなかを、どのようにチャレンジし、どんな気持ちで挑んでいるのか?―
 それを見ることで、きっと思い出深いオリンピックになるはずだよ。

<<しつもんのいちらんにもどる   
(c) Osaka City Sports Promotion Association. All rights reserved.