今月のクローズアップ
photo クラブワイルドキャッツ
種目:女子アメリカンフットボール
活動場所:
 淀川河川敷「寝屋川太間公園」
 大阪市浦江公園(夜間練習)
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◆企業チームからクラブチームへ
1986年、関西興銀の企業チームとして日本発の女子アメフト、「ワイルドキャッツ」が誕生した。多いときでは88名ものメンバーを抱え、部内紅白戦など積極的な活動を展開していた。だが、2000年、関西興銀が経営破たん。それに伴い、チームも解散へと追い込まれてしまう。そんなとき、3名の選手が「アメフトをやりたい」と立ち上がった。企業から、クラブチームへ。再結成されたのが、「クラブワイルドキャッツ」である。
「企業チームであった時は、練習場から遠征費から、会社が面倒見てくれてました。でも、クラブチームとなると、すべて自分たちでしなければならない。グラウンドを探して確保したり、3名しかいないメンバーを増やすための、募集も自力。コミュニティ雑誌に寄稿したり、ポスターを自分たちで作って、男子の試合に出かけていって、観戦してる方に、配ったり・・・」
クラブ立ち上げに関わった3名のうちの一人で現メンバーの、宮川さんは話す。そんな運営が厳しい中でも、解散の危機を経て、活動を続けた。再結成から4年が経つ現在、クラブワイルドキャッツのメンバーは16名。グラウンドで走り回る姿がどこか誇らしげだ。
「再結成まで、関西興銀時代のOGの方を初め、様々な方にお世話になりました。今でも、"困ったときはいつでも相談して"と声をかけられます。だから、続けてこられたし、これからも、続けていくことが一番大事なんです。」(宮川さん)

◆体力勝負よりも頭脳勝負のアメフトの魅力
「アメフトのチアリーダーでしたが、応援しているうちに自分がプレイしたくなって」
「元カレがアメフト選手でした。いつのまにか、アメフトの方が好きになってました・・・」
「アメフトの人気コミックの影響です」
どうして女子アメフトを始めたのですか?との問いに、それぞれ、ユニークな答えが返ってきた。動機は、バラバラであれ、みんなアメフトが好きだ。
「激しいタックルとか見ていると、どうしても女性からは、敬遠されるかもしれません。でも、アメフトって実は体力勝負よりも、頭脳プレーが物を言う世界なんですよ」(宮川さん)
相手の厳しい守備をかいくぐり、ボールを死守しながら前進し、タッチダウンをめざさねばならないアメフト。必要なのは体力ではなく、戦略だという。ボールを持っていないフリをしてだし抜いたり、相手の動きを予測してだましあうなどの、駆け引きが得点につながるのだ。実際、試合でも、暗号で次の攻撃のパターンを味方に知らせる場面がある。戦略を書き留めたノート=プレイチャートとなれば、各チームによってそれぞれ極秘扱いで厳しく管理されているそうだ。
「ポジションによってそれぞれ役割が明確に違うので、誰にでも適材適所があるというのもアメフトの魅力のひとつです。足が遅い人、足が早い人、体格がいい人、そうでない人それぞれにチャンスがあります。」(宮川さん)

◆メンバー募集中 大舞台での試合もあり
クラブワイルドキャッツでは、現在メンバーを募集中だ。年齢制限など一切なし。
「誰でも自由に参加できるのが、クラブチーム。興味のある方は気軽に入ってきて欲しい。」(宮川さん)
活動は、週1回。日本はクラブワイルドキャッツを含め2チームしかない女子アメフトだが、唯一の対戦チームである、関東の「レディコング」とは、毎年1回7人制で戦う「イースターボウル」の他、交流試合を行っている。
 クラブワイルドキャッツを支援する声も高まっている。例えば、2004年5月のイースターボウルでは、日本社会人アメフト協会主催のXリーグの試合後に、試合を開催するという、大舞台に招かれたのである。
「みんな大興奮でした。長居球技場で、アナウンス付きの環境は、選手にとって初めての経験だった。試合の後、観客の方から、"頑張って"と声をかけられたり、励ましのメールをいただいたりしたのもとても嬉しかったです。」(宮川さん)
 将来の夢は、企業チーム時代に行われていた11人フルメンバーで戦う「クイーンボウル」の復活をめざすこと。そして、女子アメフトを広めることだ。
「まず、存在を知ってもらうことですね。チーム数がもっと増えるように、活動をつづけて行きたい」(宮川さん)
ONE FOR ALL 、ALL FOR ONE。そのアメフト精神が、日本の女性へと引き継がれてく日もそう遠くはないはずだ。

(文:藤田あかり)


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