今月のクローズアップ
photo BTOC
種目:ビーチバレー
活動場所:淡輪海水浴場

◆ビーチバレーを広めたい
 80年代後半は、日本にビーチバレーブームが起きていた時代だ。河合俊一など人気バレー選手がビーチバレー大会に出場したことがきっかけだった。バブル景気も追い風となって、スポンサーによる大会が次々と開催され、その数は年間100を超えていた。
 だが、バブル崩壊から、スポンサーが撤退。大会は縮小され、ビーチバレー人気は陰りを見せはじめる。
 そんなとき「流行にとらわれない、ビーチバレーが気軽にできるような、本当の意味での普及をめざそう」と立ち上がったのが、97年に結成したビーチバレー団体「BTOC」だ。関西では初のビーチバレー団体の誕生だった。メンバーは15名からスタート。時間があれば海へ向かい、大会があると聞くとどこでも駆けつける、ビーチバレー好きの集まりだった。
「私も含め、メンバーのほとんどはインドアバレーの出身です。でもみんなビーチバレーの魅力にとりつかれて……」下林さん(男子部代表)は話す。
 ビーチバレーの面白さは、二人制というルールにあるという。6人制・9人制のインドアバレーでは、セッター・アタッカーという風にそれぞれのポジションがはっきりと決められ、出番以外でボールに触ることはない。
 一方、ビーチバレーでは、コート内には二人しかいないので、必然的にボールに触る機会が多くなる。また、全てのポジションをそれぞれがカバーしなければならないので、一人の責任が重く、やりがいがあるのだ。
「浜辺という開放感も、最高です。風や天候も毎回違うから、環境に合わせて闘い方を変えていくのもビーチバレーならではの面白さですね」(下林さん)

◆大会運営・選手の技術力アップの2本を軸に
 BTOCの活動は、主に4〜11月の毎月「BTOCカップ」という大会を主催することだ。
 大会は2日間に渡って行われる。一日目が上位競技者向けのSクラス、2日目が初級者向けAクラスに分かれ、幅広いビーチバレーの普及をめざしている。毎回、20を超えるチームが参加し、最近では常連チームも多い。
 運営には、30名ほどのBTOCのボランティアスタッフが活躍している。ほとんどが仕事をもつスタッフなので、強制はしない。時間のある時に活動できるのだ。もちろん、BTOC選手それぞれの技術向上も目標だ。練習は週に3〜4回。時間があれば海辺へと足を運ぶ。冬場になると、沖縄や海外で合宿も行われている。
「うちは、競技スポーツとしてのビーチバレーを追求しています。もちろん、オリンピック出場も夢として持っていますよ。」(下林さん)


◆真のビーチバレー普及をめざして
 BTOCは現在、運営スタッフ・マネージャー、選手ともに募集中だ。年齢は全く関係なく、ビーチバレー好きなら大歓迎だという(高校生以下は保護者の同意が必要)。同時に、「BTOCカップ」の出場チームをインターネットなどで受け付けている。
「ビーチバレーが若者だけのスポーツということは、全然ありません。50代でも現役の選手はたくさんいます。私自身、40歳代のペアに惨敗するという悔しい経験がありました。それから奮起してビーチバレーを本格的にやりはじめたんです」(下林さん)
 今、ビーチバレーは再びブームを迎えようとしている。
 96年のアトランタ五輪から正式種目に登録された。その後、シドニー五輪の高橋・佐伯ペアが4位入賞というニュースは日本中を沸かせた。Jリーグチーム「湘南ベルマーレ」では、2001年、ビーチバレーチームが誕生。また、ビーチバレー指導者養成も進められており、ビーチバレー教室が各地で開かれるようになった。
 そんな人気をブームでは終わらせないよう、真の普及をめざして闘う「BTOC」。
 その活動は、関西にしっかりとした足場を築き続けている。

(文:藤田あかり)


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